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横浜地方裁判所 平成6年(ワ)437号 判決 1998年5月27日

横浜市中区元町三丁目一二六番地

原告

株式会社キタムラ

右代表者代表取締役

北村千代子

右訴訟代理人弁護士

伊藤正一

右訴訟復代理人弁護士

橘川真二

横浜市中区元町二丁目九五番地

被告

株式会社キタムラ・ケイツウ

右代表者代表取締役

北村和江

右訴訟代理人弁護士

佐藤直

飯田直久

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、別紙記載の表示を付した商品(ハンドバッグ等の皮革製品及びライター、ゴルフボール、ハンカチ、スカーフ等の製品)を販売し、若しくは頒布してはならない。

二  被告は、その所有に係る第一項記載の商品の完成品、半製品及び原材料につき付した右表示を抹消せよ。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告は、原告との営業譲渡契約により、全国的に周知されている別紙記載の表示(以下「「K」マーク」という。)の使用権の設定を受け、これをハンドバッグ等に付して販売していたところ、その後、右営業譲渡契約に違反したとして、同契約に基づき設置された紛争処理委員会において、「K」マークを使用してはならない旨の決議がされ、その結果、「K」マークの使用権を喪失したのに、依然として「K」マークを付した商品(ハンドバッグ等の皮革製品及びライター、ゴルフボール、ハンカチ、スカーフ等の製品)を製造、販売し、原告に損害を与えているとして、被告に対し、不正競争防止法(平成五年五月一九日法律第四七号)二条一項一号、二号に基づき、「K」マークを付した商品の販売差止めと、完成品等に付した「K」マークの抹消を求めたものである。

一  争いのない事実等(末尾に証拠等の記載のないものは、当事者間に争いがない。)

1  当事者等

(一) 原告は、横浜市中区元町三丁目一二六番地において、ハンドバッグ等の皮革製品の製造販売及び各種雑貨の販売を行う会社であり、昭和五五年一二月一五日有限会社北村商店を組織変更して設立されて以来、北村千代子(以下「千代子」という。)が代表取締役に就任している。

(二) 被告は、平成元年二月一日、千代子の長男北村康介(以下「康介」という。)が原告のキタムラ二丁目店を分離独立させて設立した会社であり、ハンドバッグ等の皮革製品の製造販売、服飾雑貨、装身具等の販売を行う会社である。被告の代表取締役は、設立以来康介が務めていたが、康介は平成四年一〇月二七日死亡し、その後、康介の妻北村和江(以下「和江」という。)が代表取締役に就任している。

2  「K」マークの周知性

原告は、横浜市中区の元町商店街において、古くからハンドバッグ等の皮革製品の製造販売を行い、その「K」マークを付した製品は、横浜ブランドの有名商品として、全国的に広く知られている。この「K」マークは、千代子の次男北村宏(以下「宏」という。現在、原告代表者の一人で、取締役社長)の考案にかかるものである。(甲第六号証、証人鈴木忠伍の証言、原告代表者北村宏尋問の結果、弁論の全趣旨)

3  被告設立の経緯

原告は、被告が設立されるまでは、代表取締役に千代子、専務取締役に康介、常務取締役に宏、監査役に千代子の兄白佐吉太郎が就任し、その株式のすべては、千代子、康介及び宏が所有するという典型的な同族会社であった。そして、近年、原告の経営は、実質上、千代子に代わって、康介及び宏が行っていた。しかし、二人は、商品開発や店作りの在り方等を巡って意見が対立することが多く、仲も良くなかったため、昭和六一年三月一五日、原告に支店「二丁目店」(横浜市中区元町二丁目九五番地)が開設されてからは、康介は二丁目店の店長としてその経営に専念し、他方、宏は本店の経営に専念するようになった。そして、やがて康介は、二丁目店を原告から分離独立させて別会社とし、これを経営していくことを望むようにようになり、その交渉を税理士の太田仁男(以下「太田」という。現在、被告の顧問税理士)に委ねた。太田は、康介の意向を受け、千代子や宏らと交渉を重ねた結果、同人らから、二丁目店を原告から分離して新会社を設立し、これを康介が経営するという方向での同意を取り付けるに至った。そこで、まず、平成元年二月一日、被告の設立登記がされ、康介が代表取締役に就任した。そして、原被告間の話合いにより、原告は、平成元年二月二〇日をもって二丁目店のハンドバッグ等の販売部門の営業を被告に譲渡することになり、同月二一日に、二丁目店の商品の棚卸し、賃貸借契約の承継、社員の保険の移動手続、電話加入権や各種保険、車両等の名義変更手続等が行われ、被告の営業が開始された。(甲第六号証、証人鈴木忠伍、同太田仁男の各証言、原告代表者北村宏尋問の結果、弁論の全趣旨)

4  営業譲渡契約の締結(「K」マークの使用許諾)

その後、太田と原告の顧問税理士鈴木忠伍(以下「鈴木」という。)等との間で、右の営業譲渡に伴う諸条件の詰めの作業が行われ、平成元年九月二〇日、原被告間で、営業譲渡契約(乙第一号証、ただし、書面上は、同年三月一日付けとなっている。以下「本件営業譲渡契約」という。)が締結されるに至った。その中で、「K」マークの使用について、以下のとおり定められた。なお、その際、別紙商品目録の内容については、格別、争いはなかった。(乙第一号証、証人鈴木忠伍の証言、弁論の全趣旨)

「第七条 甲(原告)と乙(被告)は以下に定める事項を遵守することを確認する。

一 甲は商標「ケイ」(別紙添付字体K)及びこれに類似する商標を専有し、乙はこれを使用することができる。

二  甲と乙は別紙商品目録に明示された商品その他の物につき、右商標「ケイ」を各自使用するものとし、将来いずれか一方が右目録外の商品等にこれを使用する必要性が生じた場合には、他方と協議して定める。

三  甲と乙は各自右商標「ケイ」を有償・無償を問わず第三者に譲渡し又は使用させないことを相互に確約する。

四  甲と乙は看板、広告その他自己を表示するものに右商標「ケイ」を使用する場合には必ず各自の商号又は乙について「キタムラK2」、「キタムラ2」あるいは「K2」と記載してこれを明示し、甲と乙との識別を周知徹底させるものとする。

五  甲と乙のいずれか一方が前各項の定めに違背した場合には、他方は一方に対し書面を以って異議の甲立を行い、これを受けた一方は他方と誠実に協議して解決を図るものとする。

六  前各項及びその他、甲と乙が右商標「ケイ」に関し協議すべき場合において、当事者間において協議が調わなかったときは、左記の者を構成員とする商標「ケイ」に関する紛争処理委員会で審議してこれを決する。

〈1〉  甲代表者又はその代理人

〈2〉  乙代表者又はその代理人

〈3〉  鈴木忠伍税理士

〈4〉  太田仁男税理士

〈5〉  白佐吉太郎

七  右委員会は、甲と乙との間の商標「ケイ」に関する紛争につき助言、勧告、和解案、その他諸案件の呈示を行なうことができる。

八  甲又は乙が右委員会の助言等に従わないときは議題につき議決を行なう。

右委員会における議決は右委員全員出席のもとにその過半数を以って決する。

九  甲と乙は右委員会の議決には異議なく従うものとする。

第八条 本契約に定める事項以外につき関係事項がある場合には甲乙誠意をもって協議解決するものとする。」

「(別紙)

〈商標〉

(略)

〈商品目録〉

1 ハンドバッグ

2 カバン

3 小物類(小銭入、札入、名刺入、定期入等)

4 Tシヤツ

5 その他現在使用している商品

6 商品の包装、商品に関する広告、パンフレット、説明書、定価表その他印刷物

7 その他取引に関する書類」

5 「K」マークに関する紛争の発生と紛争処理委員会の決議

原告は、平成五年四月、被告に本件営業譲渡契約違反の事実があるなどとして被告に異議申立てをし、両者間で協議が行われたが、協議が調わなかったため、本件営業譲渡契約に従い、同年五月、紛争処理委員会が開催された。そして、同年六月一七日開催の第三回紛争処理委員会(以下「本件紛争処理委員会」ともいう。)において、宏(原告代表者の代理人)、和江、鈴木、太田、川越隆幸(白佐吉太郎の代理人)出席の下、審議が行われ、被告は「K」マークを使用してはならない旨の決議(以下「本件決議」という。)がされた。

6 被告の販売行為等

被告は、本店のほか、代官坂店、新横浜店、新横浜アスティ店、東京八重州口店、みなとみらい店、横浜西口店の各支店において、ハンドバッグ等の商品を販売しているが、現在も、これら一定の商品に「K」マークを付して販売している。(被告代表者尋問の結果、弁論の全趣旨)

二 本件の争点と双方の主張

本件の争点は、本件紛争処理委員会における本件決議により、被告は「K」マークの使用権を失ったか、具体的には、本件決議は有効かである。これについての双方の主張は以下のとおりである。

1 原告の主張

被告は、本件営業譲渡契約七条二項に定める商品以外の商品である婦人靴、靴べら、雨傘、ハンカチ、スカーフ、ゴルフボール、ライター、トレーナー、シールに「K」マークを付し、同項に違反した。また、被告は、新横浜駅にある看板に「キタムラ」と表示し、被告のカタログ及び店内掲示(雑誌広告記事を含む。)に「明治一二年創業」と事実に反する表示をし、さらに、右カタログの背表紙に、「BABY K2」と表示すべきところ、「BABYK」と表示し、原告と被告との混同を生じさせる行為をすることを禁止した本件営業譲渡契約七条四項に違反した。そこで、原告代表者の代理人宏は、本件紛争処理委員会において、被告代表者の和江に対し、その旨の指摘をしたところ、最終的には、和江は、違反の事実を認めた。宏は、このような違反がある以上、「K」マークについて、今後は、原告が被告の使用を個別に許可する制度に変更するよう提案した。しかし、和江がこれを拒否したので、宏はやむをえず、本件決議をするよう提案し、その結果、多数決により、本件決議がされたものであり、これにより、被告は、「K」マークの使用権を失った。

被告は、紛争処理委員会には被告の「K」マークの使用権を奪う権限はない旨主張する。しかし、被告会社設立の経緯からして、本件のような紛争が予測されたために、本件営業譲渡契約は、紛争処理委員会は単に「紛争につき助言、勧告、和解案その他諸条件の呈示」を行うだけでなく、これに従わない場合の制裁条項として議題につき議決を行い、この議決については、原被告とも異議なく従う旨定めているのであるから、私的自治に基づく紛争解決機関としての紛争処理委員会が被告から「K」マークの使用権を奪う権限をも有することは明らかである。なお、右契約において、被告が「K」マークの使用権を取得するため、相当の費用を払った事実はない。また、被告は、右決議の際、紛争処理委員会の構成員白佐吉太郎が代理人を出席させたことを問題とするが、紛争処理委員の地位は一身専属的なものではなく、本件営業譲渡契約には、代理人による出席を許さないという定めはないし、第二回の紛争処理委員会においで、被告側の構成員太田は、白佐吉太郎が代理人として北村美知子を出席させたことについて何ら異議を述べていないから、本件紛争処理委員会(第三回)において、白佐吉太郎が代理人として川越隆幸を出席させたことは有効というべきである。

2 被告の主張

原告の主張は争う。本件紛争処理委員会の決議は、以下の理由により、無効である。

(一) 本件営業譲渡契約の趣旨及び右契約締結に至る経緯等からして、紛争処理委員会は、被告から「K」マークの使用権を奪う決議をする権限を有しない。すなわち、本件営業譲渡契約七条は、「K」マークの使用に関し、原告又は被告が契約に違背したときは、誠実に協議して解決を図るものとし(五項)、その協議が調わなかったときに、紛争処理委員会で協議の内容について審議し、決することができると定め(六項)、「K」マークの使用に関する原被告間の紛争について、助言、勧告、和解案、その他諸条件の呈示を行い(七項)、原告又は被告が紛争処理委員会の助言等に従わないときは、議題につき議決を行う(八項)と定めている。このような本件営業譲渡契約の規定に照らせば、紛争処理委員会は、「K」マークの使用に関する紛争について審議し、助言等をすることができるだけであり、助言等に従わなかった場合も、商品の販売を差し止めるなどの決議をすることができるだけであると解すべきである。そして、このことは、本件営業譲渡契約が、康介が二丁目店から分離独立し、被告を設立するに当たり、原告との間で友好関係を保ち、原被告共に「K」マークを発展させるべく締結されたものであり、しかも、被告が、相当な費用を支払って「K」マークの使用権を取得していることからも明らかである。また、本件営業譲渡契約七条は、原告が「K」マークを専有し、被告はこれを使用することができると定めているが、その使用条件について、原告と被告との間に特に差を設けていない。これは、千代子が兄弟を公平に取り扱ってもらいたいという希望を有しており、被告は実体としては原告の分身であり、したがって、「K」マークは、被告において従来どおり使用できるとした方が公平で実体に即しているという趣旨に出たものである。このことは、とりもなおさず、被告の「K」マーク使用権については、原告と同様に扱わなければならないことを意味するものであり、それは、被告の企業としての存立の基礎をなすほど重要なものであって、これらのことなどからも、紛争処理委員会(なお、そもそも、違反の場合、紛争処理委員会において解決することとしたのは、被告の提案の結果である。)は、被告の「K」マーク使用権を奪う決議をすることができないものというべきである。

(二) また、本件決議は、決議がされた当時の本件紛争処理委員会の構成からして、有効な決議とはいえない。すなわち、本件紛争処理委員会においては、その本来の構成員である白佐吉太郎は出席せず、その代理人川越隆幸(原告の取締役、千代子の長女の夫)が出席し、審議に加わった上、本件決議がされた。しかし、本件営業譲渡契約が、白佐吉太郎を紛争処理委員会の構成員にしたのは、原被告に利害関係のない第三者を加え、公平な審議・議決を図ろうとしたからであり、このことは、前記の覚書にも明記されている。したがって、本件営業譲渡契約上、白佐吉太郎については、代理人による出席が認められていないというべきであり、本件営業譲渡契約七条六項が、原被告の代表者については代理人の出席を認める記載をしておきながら、白佐吉太郎についてはこれを認める記載をしていないことは、このことを明らかにしたものというべきである。

(三) さらに、原告が、本件営業譲渡契約七条二項に違反したとして主張する違反事実はほとんど存在せず、また、一部違反と認められる事実も、原告からの指摘により被告はこれを改善しているものであり、これにより被告が「K」マークの使用権を奪われる理由はない。すなわち、本件営業譲渡契約七条二項は、「K」マークを付すことができる商品として、「現在使用している商品」(商品目録5)と定めているところ、本件営業譲渡契約が締結された平成元年九月二〇日当時、被告は、婦人靴、雨傘、ハンカチ、スカーフ、ライター、トレーナーを扱っており、したがって、被告がこれらの商品に「K」マークを付したとしても、違反にはならない。また、被告は、靴べら(附属する革ひもにつけた木製板に「K」マークを使用)を一度だけ株式会社服部より仕入れたことがあったが、平成五年八月には売り切ってしまっており、本件紛争処理委員会開催当時はこれを扱っていなかった。さらに、シールは、本件営業譲渡契約七条二項の「K」マークを付すことができる商品のうち、「商品の包装、商品に関する広告、パンフレット、説明書、定価表、その他印刷物」(商品目録6)に該当するから、被告がこれに「K」マークを付したとしても、違反にはならない。

また、原告が、本件営業譲渡契約七条四項に違反したとして主張する事実も存在しない。すなわち、新横浜駅における看板に「キタムラ」と表示したとの点については、そもそも被告が設置した看板ではなく、新横浜ステーション開発株式会社が設置したもので、被告は関知していない。また、被告店舗のウインドウ及び店内において、真実は明治一五年創業であるにかかわらず、「明治一二年創業」と誤った表示をしたとの点については、二回目の協議の際に原告から指摘を受けたため、被告は明治一二年との記載をやめ、店頭及び在庫品のカタログ五万部程度を回収し、店内表示文も撤去しているものであり、第三回の紛争処理委員会当時には、是正済みであった。さらに、被告のカタログの背表紙に、「BABY K2」と表示し、「BABY K」と表示していないが、背表紙全体の記載からすれば、「BABY K」が被告によるものであることが明らかであり、これにより原告と被告との誤認混同が生ずるおそれはない。

被告は、第三回の紛争処理委員会において、ゴルフボールと新横浜駅における看板の件については、調査の上、必要なら是正する旨答えた(なお、これらの点は、後日、是正済みである。)。それにもかかわらず、宏は、今後、すべて「K」マークの使用を原告の許可を必要とする方式にするよう要求し、前述のような点からする被告の反対を無視し、紛争処理委員会としての助言、勧告等もなく、いきなり、一方的に本件決議に至ったもので、内容的にはむろん、手続的にもそれは違法である。

第三  当裁判所の判断

一  1 前記当事者間に争いのない事実及び証拠(乙第二号証、第二〇、二一号証の各一、二、第二二ないし第二六号証、証人太田仁男の証言、弁論の全趣旨)によれば、本件営業譲渡契約が締結された経緯について、以下の事実が認められる。

(一)  被告の設立と、原告二丁目店の営業譲渡に伴い、原被告間において、「K」マークの使用をどうするかが問題となった。原告の当初の提案は、被告に「K」マークの使用を許すとしながら、原告において被告の「K」マークの使用権を奪うことができるとしたり、新規商品については、原告と被告で協議して決定するなどと定めたりするものであった。このため、原告の提案は被告の反対にあい、話合いは難航を極めた。そして、一時、原告が、被告に対し、営業譲渡自体を考え直したいと申入れする場面もあって、営業譲渡契約の締結は暗礁に乗り上げた。しかし、最終的に、原告が、被告の修正案を検討することに同意し、被告において、修正案を検討することになった。

(二)  そこで、被告は、検討の末、「K」マークを原告と被告との共同専有とする、原告において被告が同マークの使用権を奪う権利を有する旨の条項を削除する、新規商品については原告と被告で協議して決定する、「K」マークの使用に関し協議すべき場合に協議が調わなかった場合は、委員五名で構成する紛争処理委員会を設置し、最終的には構成員の過半数で決議して決定するとの契約書案を作成し、原告に提示した。原告は、右提案について、「K」マークを原告と被告の共同専有とすることに難色を示したが、その他の点については了解したため、被告は、「K」マークの使用は原告が専有し、被告はその使用権を有するとすることで譲歩し、営業譲渡契約全体についての合意が成立する運びとなった。

(三)  そして、原告と被告は、平成元年九月二〇日、本件営業譲渡契約を締結し、これと同時に、次のような内容の覚書(乙第二号証)を取り交わした。「 株式会社キタムラ(甲)と株式会社キタムラ・ケイツウ(乙)との間の平成元年三月一日付営業譲渡契約書第七条は下記の趣旨に基き定められたものである。

1 母上(北村千代子氏)の兄弟公平に取扱ってもらいたいという趣旨を考慮した。

2 乙は実体としては甲の一部であり、いわば分身である。

従って商標「ケイ」については乙において従来通り使用できるとした方が公平であり、かつ実体に即している。

3 第六項〈5〉の委員については、甲又は乙に利害関係のない第三者をお願いする趣旨である。」

以上のとおり認められる。

2 次に、前記争いのない事実及び証拠(甲第一号証の一、二、第二号証、第三、四号証の各一ないし三、第五号証の一ないし七、第六号証、乙第一号証、第三号証の一ないし三、第四号証の一、二、第五号証、第二八、二九号証、第四二号証、証人鈴木忠伍、同太田仁男の各証言、原告代表者北村宏及び被告代表者各尋問の結果、弁論の全趣旨)によれば、本件紛争処理委員会において、本件決議が行われた経緯について、以下の事実が認められる。

(一)  被告は、平成元年二月二一日、かつての原告の二丁目店で営業を開始した。被告は、当初、本店のみで営業していたが、平成元年六月には代官坂店を、同年七月には新横浜店を開店し、翌平成三年一一月には、新横浜アスティ店を開店するなど徐々に店舗を拡大し、業績も拡大していった。ところが、康介は、平成四年一〇月一四日、くも膜下出血で倒れ、同月二七日死亡した。そして、被告の代表者には、康介の妻和江が就任した。

(二)  原告は、康介死亡後、被告の経営等に危惧を抱いたことなどから、宏を介して、被告代表者和江に対し、数回、被告の株式をすべて原告に譲渡し、原告の派遣する役員を被告が受け入れるよう申し入れるなどした。しかし、和江は、これを断った。原告は、かねてから、オリジナルバッグ以外の種々の既成品に安易に「K」マークを入れて販売する等の康介ないし被告の商法は「キタムラ」の信用を傷つけ、これを低下させるものであるなどとして、被告に対し不満を持ち、不信感を抱いていたが、その後、本件営業譲渡契約に違反した事実があるとして、被告に対し、平成五年四月七日付けの書面で異議申立てをし、協議を申し入れた。被告は、この協議に応じ、同月二一日、原告側からは、千代子、宏(当時取締役副社長)、川越隆幸(専務取締役)、川越雅子(取締役)、北村美知子(取締役)及び鈴木が出席し、被告側からは太田が出席して協議が行われた。席上、宏から、被告に対し、被告のカタログ及び店内表示に、キタムラの創業を明治一二年と記載しているが、明治一五年の誤りなので、カタログを回収し、店内表示を撤去すること、原告が被告代表者の和江に原告の株式を譲渡するように要請しているが、その応答がないので、回答をすること、今後被告が新商品を販売する際は原告の許可を得なければならないとすること、被告が原告の了解なしに「K」マークを付した商品を出しているので調査すること、などという要求が出された。太田は、この要求を持ち帰り、和江と相談し、平成五年五月六目の二回目の協議に臨んだ。席上、太田は、宏らに対し、被告の株式を譲渡することはできないこと、カタログ及び店内表示のキタムラの創業年の記載は誤っていたので、回収、撤去したこと、新商品を許可制にすることには応じられないこと、調査した限りでは、被告が原告の了解なしに「K」マークを付した商品を販売している事実はないことを話した。しかし、宏らは納得せず、協議は物別れに終わった。

(三)  原告は、右協議が不調に終わったため、本件営業譲渡契約に定められたとおり、紛争処理委員会にかけることにし、和江及び太田に対し、平成五年五月一四日付けの書面で、同月二五日午後二時に紛争処理委員会を開催するので出席されたい旨通知し、その書面に、審議事項として、「株式会社キタムラ・ケイツウによる営業譲渡契約書第七条違背行為に基づく解決方法について」と記載した。これに対し、和江は、右開催通知に違背行為の具体的な提示がないとして、紛争処理委員会には出席できない旨の回答をし、また、太田は、関係法人の総会に出席しなければならないので出席できない旨の回答をした。

(四)  第一回紛争処理委員会は、平成五年五月二五日午後二時、原告本店会議室において開催された。当日は、鈴木、原告代表者の代理人宏、白佐吉太郎が出席したが、和江、太田は、事前の通知のとおり、欠席した。席上、宏から、被告が原告の許可なしに「K」マークを付した商品を出しているとの説明があった。

次いで、第二回紛争処理委員会が、同年六月一〇日午後二時、原告本店会議室で開催された。当日は、原告代表者の代理人宏、鈴木、太田のほか、白佐吉太郎の代理人北村美知子(宏の妻)が出席した。和江は、前回と同様、開催通知に具体的な違背事実の記載がないとして欠席した。当日、白佐吉太郎の代理人として北村美知子が出席したことについて、出席者の中から異議が出るようなことはなかった。席上、宏から、被告のカタログの背表紙にある「BABY K」の表示は「BABY K2」と表示すべきであること、被告が販売しているケース付きゴルフボール及びハンカチは指定商品外の商品であり、原告との協議のないまま「K」マークを付けることは違反であること、新横浜駅前の看板に、「キタムラK2」と表示すべきであるのに、単に「キタムラ」と表示されていることの指摘がされた。太田は、調査の上、後日報告すると述べた。

第三回紛争処理委員会は、同年六月一七日午前一一時、原告本店会議室で開催された。当日は、原告代表者の代理人宏、和江、鈴木、太田、白佐吉太郎の代理人川越隆幸が出席した。最初に議長として鈴木が選任された。次いで、宏から、前回と同様、被告の違反事実についての指摘があった。和江は概ね外形的事実を認めたが、太田は、カタログの件については、被告の商号「キタムラK2」等が並記されていて、誤認混同を生ずるおそれがないので、「BABY K」とある表示を「BABY K2」と改める必要はない旨、また、他の件については、再度、事実関係を調査した上改めて回答する旨それぞれ答えた。その後、原告の指摘に対する被告側のそれまでの対応に不満を抱いていた宏から、今後、被告の新たな商品、看板等すべてについて、原告の許可を必要とする方式に改めるとの提案がされた。和江と太田はこれを断った。すると、宏は、それならば被告に「K」マークを使用させないようにする旨の提案をすると主張した。これに対し、太田は、そこまで飛躍して考えるべきではないとして、これに反対する意見を述べたため、互いに議論の応酬になった。そして、容易に決着がつかなかったため、宏は、議長の鈴木に表決してほしいと申し入れた。これに対し、太田は、白佐吉太郎が出席していない以上、議決はできない旨述べた。しかし、議長の鈴木は、被告に「K」マークを使用させないとする決議を上程した。和江と太田は、退席すると言って、右の表決に加わらなかったが、そのまま、決議が行われ、鈴木、宏、川越隆幸の三名が賛成した。以上のとおり認められる。

3 そこで、以上1、2の事実を前提として、本件決議が有効か否かについて検討する。

(一)  まず、本件決議が、白佐吉太郎の代理人川越隆幸の出席の下に行われたことについて検討するに、本件営業譲渡契約において、紛争処理委員会の構成員とされた白佐吉太郎について、代理人による出席を認めない旨の定めがあるわけではないことは、原告の主張するとおりである。しかし、本件営業譲渡契約七条によれば、紛争処理委員会は、「K」マークの使用等に関して紛議が生じた場合に、助言、勧告、和解案、その他諸条件の呈示を行うことができるものとされ(七項)、原告又は被告が紛争処理委員会の助言等に従わないときは、議題につき議決を行い(八項)、原告と被告は、右の議決には異議なく従わなければならないとされている(九項)のであるから、紛争処理委員会は、原被告の紛争を、中立的な立場に立って、公平、妥当に解決することが期待された私的な紛争解決機関(ある種の仲裁機関)として設置されたものとみることができる。そして、本件営業譲渡契約は、そのことを実現するため、紛争処理委員会の構成員を、原告側二名(「甲代表者又はその代理人」「鈴木忠伍税理士」)、被告側二名(「乙代表者又はその代理人」「太田仁男税理士」)のほか、白佐吉太郎を加えることによってこれを実現しようとしているものとみることができる。そして、このことは、本件営業譲渡契約の締結と同時に取り交わされた覚書に、「第六項〈5〉の委員については、甲(原告)又は乙(被告)に利害関係のない第三者をお願いする趣旨である。」と記載されていることからも裏付けられる。したがって、本件営業譲渡契約は、紛争処理委員会がその本来の権限を行使するには、白佐吉太郎の出席を不可欠としているというべきであり、本件のように、紛争処理委員会が、本件営業譲渡契約七条八項の議決をする際に、白佐吉太郎が出席していないままこれを行った場合は、その議決は、原則として無効といわなければならない。もっとも、紛争処理委員会は、原被告間の営業譲渡契約に基づくものであるから、この要請は絶対的なものではなく、他の構成委員全員がこれを了解しているような場合は、白佐吉太郎の代理人による出席も許されると解される。しかし、前記認定のとおり、本件紛争処理委員会においては、太田は、本件決議の前に、白佐吉太郎が出席しないまま決議することは許されない旨異議を述べているのであるから、他の構成委員全員の同意があったものということはできない。なお、第二回紛争処理委員会において、太田は、白佐吉太郎の代理人として北村美知子が出席したことについて、特に異議を述べていないが、当日は、議決を要するような状況にはなかったのであるから、それゆえに、本件紛争処理委員会において、白佐吉太郎の代理人が出席して議決に参加することまで了解したことにはならないし、これにより、太田が、本件紛争処理委員会において、異議を述べることができなくなるものでもないというべきである。

なお、被告は、紛争処理委員会は、被告から「K」マークの使用権を剥奪するような決議をすることはできないと主張する。しかし、本件営業譲渡契約は、「甲又は乙が右委員会の助言等に従わないときは議題につき議決を行なう。」として、紛争処理委員会が行使する議決の範囲を特に限定してはいないし、また、前記認定のとおり、紛争処理委員会は、原被告の「K」マークの使用を巡る紛議を解決するため設置されたものと認められ、この紛争には、一方の契約違反が顕著で、看過しがたいような場合も想定しうるから、そのような場合には、使用権を剥奪することも紛争解決の手段として必要と考えられ、したがって、およそ、いかなる場合でも、紛争処理委員会がそのような決議をすることが予定されていないとか、それが許されないとはいえないと解される。

(二)  そこでさらに、被告に、本件営業譲渡契約七条に違反した事実があるかどうかについて検討する。

(1) まず、被告に、本件営業譲渡契約七条二項に違反した事実が存在したかどうかについて検討するに、証拠(甲第五号証の五、六、証人太田仁男の証言、原告代表者北村宏尋問の結果、弁論の全趣旨)によれば、なるほど、本件紛争処理委員会の決議がされた当時、被告は、指定商品外の商品であるケース付きゴルフボールに「K」マークを付していたことが認められる(なお、被告は、原告の了解の下、その後、ゴルフボールに「K2」のマークを付すことに改めた。)。しかし、その余の原告主張の商品については、そもそも、本件決議当時、原告が指摘していなかったものが相当含まれる上、以下のとおり問題がある。すなわち、本件営業譲渡契約七条二項は、「K」マークを付すことができる商品として、一一「現在使用している商品」(商品目録5)と記載しているから、被告が本件営業譲渡契約締結当時(平成元年九月二〇日)扱っていた商品については、これに「K」マークを付しても違反にならないと解されるところ、証拠(乙第三〇ないし第三六号証、第三七号証の一、二、第三八、三九号証、証人太田仁男の証言、弁論の全趣旨)によれば、ゴルフボール以外の原告の主張する商品のうち、婦人靴、雨傘、ハンカチ、スカーフ、ライター、トレーナーについては、被告は、いずれも、本件営業譲渡契約を締結した当時、すでに扱っていたと認められるから、これに「K」マークを付したとしても、本件営業譲渡契約七条二項に違反したとはいえない。原告代表者北村宏は、当裁判所において、「K」マークを付せられるのは、ハンドバッグ等の鞄類だけであるかのような供述もするが、これに限らないことは、右契約の商品目録の記載から明らかである。そして、右の認定に反する右代表者の供述は、にわかに採用することができない。また、この商品目録のうち、「現在使用している商品」の「現在」とは、これについての特段の定めがない本件においては、契約書の日付の日(平成元年三月一日)ではなく、契約締結時(平成元年九月二〇日)を指すものと認められる。そして、靴べらについては、かつて被告がこれに「K」マークを付して販売していたことは、被告の認めるところであるが、右当時も引き続き販売していたことを認めるに足りる証拠はない。

また、本件営業譲渡契約は、右のような商品目録として、「商品の包装、商品に関する広告、パンフレツト、説明書、定価表、その他印刷物」(商品目録6)と記載しているところ、シールはこれに該当するといえるから、被告がこれに「K」マークを付したとしても、本件営業譲渡契約に違反したとはいえない。

(2) 次に、被告に、本件営業譲渡契約七条四項に違反した事実が存在したかどうかについて検討するに、証拠(甲第一号証の一、二、第二号証、第三号証の一ないし三、弁論の全趣旨)によれば、〈1〉新横浜駅線路沿い駐輪場前の宣伝看板に、「キタムラK2」ではなく、「キタムラ」との表示が付されていたこと、〈2〉被告のカタログ及び店内表示に、原告が明治一五年創業なのに、「明治一二年創業」と表示していたこと、〈3〉被告発行のカタログの背表紙に、「BABY K2」と表示すべきなのに、「BABY K」と表示していることが認められる。しかし、〈1〉の点については、証拠(甲第一号証の一、二、証人太田仁男の証言、弁論の全趣旨)によれば、原告の指摘する看板は、新横浜ステーション開発株式会社が、新横浜駅アメニテイレストラン街の多数の商店名を紹介するため掲示したものと認められ、そこの「キタムラ」なる表示が、被告の指示により記載されたものとは、にわかに認め難いし、これは、後日、被告の指示により、訂正されたことが認められる。また、〈2〉の点については、証拠(証人太田仁男の証言、弁論の全趣旨)によれば、被告は、平成五年五月六日の第二回目の協議で原告から指摘されたため、明治一二年の記載をやめ、店頭及び在庫品のカタログ五万部程度を回収し、店内表示文も撤去したことが認められるから、本件紛争処理委員会が開催された当時、そのような違反事実が存在していたということはできない。〈3〉の点は、そもそも被告の商号(キタムラK2)を記載したカタログの末尾に、「キタムラK2」「代官坂K2」「新横浜K2」と記載した後に「BABY K」と表示しているものであるから、「BABY K」との表示が直ちに原告との誤認混同を生じさせるものとまでいえるか、疑問といわなければならない。

右によれば、本件決議がされた当時、被告において、明らかに本件営業譲渡契約七条四項に違反したとの事実が存したとは、にわかにいい難いところである。

(3) そうすると、本件決議がされた当時、本件営業譲渡契約について、被告には、せいぜいゴルフボールに「K」マークを付していた違反があったにすぎず、他には確たる違反があったとはいえないことになるところ、右(2)の事情や、本件紛争処理委員会において本件決議がされるに至った経緯等を考慮に入れても、右の程度の違反を理由に、被告から「K」マークの使用権を剥奪することは、前述のような紛争処理委員会に許された権限を超えるものというべきであり、無効といわなければならない。

(三)  以上によれば、本件決議は手続上及び内容上、重大な瑕疵があるから、無効であり、被告には、紛争処理委員会による「K」マーク使用権剥奪の効果は生じていないものといわなければならない。

二  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 近藤壽邦 裁判官 近藤裕之)

〈省略〉

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